いじめは被害者に深刻な心の傷を残す社会問題です。ですが、いじめは年々減るどころが増えていると共に、時代の変化と共に変わってきています。今回は、そのいじめがもたらす心理的影響と、その回復に向けた心理的アプローチについて探ります。いじめの実態から心理療法まで、包括的に解説していきます。
いじめの特徴や心理的メカニズムとは
いじめを理解することは、その影響や対策を考える上で重要です。ここでは、いじめ実態や現状、そしてその心理的メカニズムについて紹介したいと思います。
いじめの実態と現状
いじめには以下のような様々なパターンがあります。
・身体的いじめ(直接的な暴力や物理的な嫌がらせを指し、目に見える被害が特徴)
・言語的いじめ(悪口やからかい、脅しなどが含まれ、心理的ダメージが大きいのが特徴)
・関係性いじめ(仲間はずれや無視、噂を流すなどの行為で、被害者の社会的孤立を引き起こします)
さらに、最近ではインターネットを利用したサイバーいじめと呼ばれるものも増えています。SNSや電子メールを使った嫌がらせで、匿名性が高く、場所を問わず24時間続く可能性もあるため、深刻な問題となっています。
また、年々いじめの認知件数は増加しており、令和5年10月4日に文部科学省から発表された令和4年のデータをみると、いじめの認知件数は681,948件(前年度615,351件)で、前年度に比べ66,597件増加しています。認知されている件数だけでも、20人に1人は被害に遭っており、認知されていない部分も含めると、もっと多くの人が悩む社会問題の1つと考えられます。
外部リンク
参考:文部科学省 令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要
いじめの心理
いじめは単純な「加害者vs被害者」の構図ではなく、複雑な心理的要因が絡み合って発生する現象です。この問題に効果的に取り組むためには、関係する全ての人々の心理を理解することが重要です。
加害者の行動の背景には、以下のような心理が存在することが多いです。
・優越感の追求:他者を支配することで自己の存在価値を高めようとする
・嫉妬心:他者の能力や人気に対する嫉妬から攻撃性を向ける
・自己不安:自分自身に対する自信のなさを、他者への攻撃で補おうとする
例えば、学業やスポーツで成績が振るわない学生が、優秀な学生をターゲットにいじめを行うケースなどが挙げられます。これは自己の不安や劣等感を、他者を貶めることで解消しようとする心理が働いていると考えられます。
そして加害者の心理に対して、いじめを受けた被害者は、次のような心理状態に陥りやすいです。
・恐怖と不安:常に危険にさらされているという感覚
・無力感:状況を変えることができないという絶望感
・自己否定:自分に価値がないと思い込んでしまう
長期的ないじめは、被害者の自尊心を著しく低下させ、対人関係における不安や恐怖を引き起こす可能性があります。
また、いじめを目撃しながらも直接関与しない傍観者にも、複雑な心理が働いています。
・同調圧力:集団から外れることへの恐れから、問題に介入しない
・無関心:自分に直接関係ないことだとして、問題から目を背ける
・罪悪感と無力感:介入したいが方法がわからず、自己嫌悪に陥る
例えば、クラスメイトがいじめられているのを見ても、「自分もターゲットにされるかもしれない」という恐れから行動を起こせないケースが多々あります。
いじめと精神疾患の関連
いじめは一時的な苦痛だけでなく、長期にわたる精神的影響を及ぼす可能性があります。具体的にどのような影響が現れていくのかを見ていきましょう。
いじめによって引き起こされる可能性のある精神疾患
1つ目は「うつ病」です。うつ病は最も引き起こされやすい精神疾患の一つで、持続的な気分の落ち込みや意欲の低下が特徴です。
2つ目は「不安障害」です。こちらも頻繁に見られ、社会不安障害や全般性不安障害として現れることがあります。
3つ目は「PTSD」です。いじめの経験が強いトラウマとなった場合に発症することがあり、フラッシュバックや回避行動などの症状が現れます。また、自尊心の低下が多くの被害者に共通して見られ、自己肯定感が低下や自信の欠如につながります。
以上のようにいじめの経験は、様々な精神疾患のリスクを高める可能性があります。この他にもパニック障害や依存症、摂食障害などストレスがきっかけとして現れることがあります。また、精神疾患は互いに関連し合い、複合的に発症することも少なくありません。
長期的な影響
いじめの影響は成人後も続く可能性があり、生活の様々な面に影響を及ぼします。対人関係の困難はわかりやすい長期的影響の一つです。学業や仕事への影響も大きく、信頼関係の構築が難しくなり、親密な関係を築くことに恐れを感じる場合があります。
また、最も深刻な影響として、自殺リスクの増加が挙げられます。いじめの経験が重度のうつ状態や絶望感につながり、自殺念慮や自殺企図のリスクが高まる可能性があります。これらの長期的影響も理解し、適切なサポートをすることが、メンタルケアにおいて非常に重要になってきます。
心理療法の紹介
ここまでいじめについて紹介をしてきましたが、いじめによる心の傷の回復には、心理的サポートが重要です。心のケアをするための心理療法アプローチについて簡単にではありますが、紹介したいと思います。
トラウマに焦点を当てた療法
TF-CBT(トラウマフォーカスト認知行動療法)は、トラウマを経験した子どもや青年、そしてその保護者を対象に開発された効果的な心理療法です。いじめによるトラウマ体験の処理と回復に特に有効とされています。
TF-CBTは下記の流れで治療を進めていきます。また、以下の要素の頭文字をとって「PRACTICE」と呼ばれています。
- Psychoeducation(心理教育):トラウマと一般的な反応について学ぶ。
- Relaxation(リラクセーション):ストレス管理技術を習得する。
- Affective modulation(感情調整):感情を認識し、表現する方法を学ぶ。
- Cognitive coping(認知的対処):思考、感情、行動の関連性を理解していく。
- Trauma narrative(トラウマナラティブ):トラウマ体験について語り、処理する。
- In vivo mastery(実生活での克服):トラウマ関連の恐怖に徐々に向き合います。
- Conjoint child-parent sessions(子どもと保護者の合同セッション):オープンなコミュニケーションを促進させる。
- Enhancing safety(安全性の強化):将来の安全を確保する計画を立てます。
TF-CBTは、いじめによるトラウマを抱える子どもや青年に特に効果的です。2023年に発表された論文でも、12ヶ月間の治療で効果があることが実証されています。例えば、いじめられた経験によって不安や恐怖を感じている児童生徒に対して、段階的にトラウマ体験を語り、処理する機会を提供します。これにより、トラウマ記憶の整理と再構成が促され、その影響が軽減されます。
人間性心理学に基づく療法
個人の成長と自己実現に焦点を当てるアプローチは、いじめの被害者の自尊心回復に特に有効です。自身が持っている力を再確認し、成長する力を育む支援します。これにより、いじめの経験によって失われた自信や価値感を取り戻し、より良い対人関係を築く基盤を作ることができます。ここでは、代表的な二つの療法について紹介します。
【クライアント中心療法】
アメリカの臨床心理学者カール・ロジャーズによって開発された手法です。この療法では、セラピストが無条件の肯定的配慮、共感的理解、自己一致の姿勢を示すことで、クライアントの自己受容と自己価値感の向上を促します。いじめの被害者にとって、自分をありのまま受け入れてくれる人の存在は非常に重要です。セラピストとの信頼関係の中で、クライアントは自己探索を行い、自分の感情や思考を深く理解していきます。この過程で、いじめによって損なわれた自己肯定感を徐々に回復させ、自分自身を価値ある存在として再認識することができます。
また、下記の2024年の論文でも、ロジャーズの心理療法理論が治療効果に大きな影響を与えること言っています。
外部リンク
参考論文:国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) が運営する電子ジャーナルより
【ゲシュタルト療法】
精神分析医のフリッツ・パールズによって創られた療法で、ゲシュタルト療法は「今、この瞬間」を大切にする心理療法です。過去のつらい経験を抱えていても、その記憶や気持ちに支配されるのではなく、今の自分の気持ちや体の感覚に注目することで心の回復を目指していきます。いじめられた記憶が浮かんできたとき、「今、どんな気持ちがするか」に目を向けたり、安心できる環境で感情を素直に表現したりします。時には、架空の対話を通じて言えなかった気持ちを表現することもあります。
例えば、カウンセラーと一緒に、向かいの空いた椅子に話したい相手が座っているイメージを持ち、伝えたい気持ちを声に出して表現する「空椅子」というワークに取り組むなど。
このように、今の自分の気持ちに正直に向き合い、様々な方法で表現することで、「こんな自分でもいいんだ」という自己受容が深め、人との健康的な関係を築く力をつけて、過去にとらわれすぎずに、一歩ずつ前に進む勇気を育てていく療法です。また、日本でもこの療法を広める団体があり、日々活動を行っております。
身体を通じたアプローチ
心と体のつながりに注目し、身体感覚を通じて心の回復を促す方法となります。いじめによる恐怖や不安が身体に蓄積されている場合に効果的です。例えば、ヨガセラピーではゆっくりとした呼吸と穏やかな体の動きを通して、心を落ち着かせる方法を学びます。これにより、日常のストレスに対処する力が身につき、自分で心と体のバランスを整えられるようになります。また、言語的な表現が難しいトラウマの症状に対しても効果的です。
創造的表現を用いた療法
言葉以外の方法で感情を表現することは、いじめによる複雑な感情を処理し、自己理解と癒しを得るのに効果的な方法です。例えば、アートセラピーでは、絵画や造形などの創作活動を通じて、言葉では表現しきれない感情や経験を表現します。これは特に、いじめの経験を言葉にするのが難しい子どもや青少年に有効です。制作過程で自己表現の自由を体験し、作品を通じて自己と向き合うことで、新たな気づきや自己肯定感を得ることができます。
ここまで様々な療法を紹介させて頂きました。ただし、過去の生立ち、周りの環境が様々であり、ケースによっても療法は異なります。そのため具体的な支援方法を知りたい場合などは近くの医療機関等に相談して頂くのが良いかと思います。あくまで参考や勉強のきっかけとなれは幸いです。
【まとめ】いじめによる心の傷 心理的アプローチによる心のケアとは
いじめは被害者はもちろん、その家族や直接関与しない傍観者にも深刻な心の傷を残す可能性があります。悲しいことに、年々いじめの認知件数は増加しており、うつ病やPTSDなどの精神疾患に苦しみ、場合によっては命に関わるケースもあります。
ただ、適切なアプローチによって、心の傷については回復させることが可能となります。認知行動療法をはじめとする様々な心理療法や専門家のサポートを受けながら、適切な療法を見つけ、前向きに取り組むことが大切です。心の傷の回復には時間がかかりますが、諦めず一歩ずつ進めていきましょう。また、その際にサポートする自身のメンタルヘルスにも注意しましょう。
これからもメンタルヘルス(心の健康)に関心を持ち続け、自分自身や大切な人たちの学びになれば幸いです。