私たちの人生100年時代。高齢期を健やかに過ごすためには、身体の健康だけでなく、心の健康にも目を向けることが重要です。今回は、シニアの方々のメンタルヘルスケアについて、その重要性と具体的な取り組み方をご紹介します。
高齢期におけるメンタルヘルス(心の健康)の現状
心の病である精神疾患ですが、10代や20代などの若い世代だけでなく、65歳以上の高齢者が精神疾患に苦しんでいることをご存知でしょうか?実は近年、高齢者における精神疾患が大きな社会課題となっているんです。
増加する高齢者の精神疾患
厚生労働省の調査によると、65歳以上の高齢者のうち、約15%が何らかの精神疾患を抱えているとされています。特にうつ病の発症率は年々上昇傾向にあり、75歳以上の後期高齢者では、約20%の方がうつ病の症状を経験しているというデータもあります。
この背景には、定年退職による社会的役割の喪失や、家族構成の変化による独居高齢者の増加があります。実際、独居高齢者の数は2020年時点で約700万人に達し、その約3割が社会的な孤立状態にあるとされています。また、加齢に伴う身体機能の低下や慢性疾患の管理なども、メンタルヘルスに大きな影響を与えています。特に、運動機能の低下により外出が減少すると、人との交流が少なくなり、それが更なる心の健康状態の悪化を招くという悪循環に陥りやすくなります。
さらに注目すべき点として、高齢者の精神疾患は認知機能の低下とも密接な関係があることがわかっています。うつ病を患う高齢者は、そうでない方と比べて認知症を発症するリスクが高くなるという研究結果もあります。しかし、高齢者の精神疾患は「年齢による自然な変化」と誤って認識されることも多く、適切な治療に結びついていないケースが少なくありません。
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参考:内閣府 令和4年版高齢社会白書(家族と世帯)
見過ごされがちな心の不調
高齢者のメンタルヘルスは、年齢とともに特に注意が必要な健康課題です。多くの高齢者の精神疾患では、メンタル面の不調よりも先に、「体のだるさ」「頭の重さ」「不眠」といった身体症状として現れることが特徴的です。このため、精神疾患の初期症状が単なる体調不良や加齢による変化と誤解され、適切なメンタルケアの開始が遅れてしまうことがあります。特に高齢者に多い精神疾患として、「うつ病」や「不安障害」が挙げられます。ただし、ここでの問題は、「年をとったから仕方ない」と片付けられてしまうことが多いことです。
例えば、食欲不振や意欲の低下といった精神疾患の典型的な症状も、自身も周囲も「年齢による自然な変化」として見過ごしてしまう傾向があります。
しかし、これらの変化は精神疾患への重要なサインかもしれません。また、高齢者の精神疾患は、他の病気の治療薬との関係にも注意が必要です。高齢者は複数の持病を抱えていることが多く、その治療で服用している薬の副作用としてメンタル面の不調が引き起こされたり、既存の精神疾患が悪化したりすることもあります。例えば、循環器系の薬の中には、副作用としてメンタルバランスを崩す可能性があるものも存在します。
年齢に関わらずメンタルヘルスケアでは、早期発見・早期治療が重要です。特に高齢者の精神疾患を放置すると、食事量の減少による栄養状態の悪化や、運動不足による体力低下、さらには認知機能の低下といった深刻な事態を招く可能性があります。またひとり暮らしの場合、メンタル面の不調に気づく人がいないため、状態が徐々に悪化してしまうことも少なくありません。
精神疾患を防ぐメンタルヘルスケアとは
高齢者にも増えている精神疾患から自身を守るためにはどうしたらいいのかを2つの視点から紹介したいと思います。
日常生活でできる予防的ケアを取り入れる
日常生活でできるケアの1つ目は「生活習慣を整えること」です。それだけ?と思われた方もいるかもしれませんが、年齢問わず精神疾患の予防するためには、日々の生活習慣を整えることが大切です。特に大切なのが、規則正しい生活リズムの維持です。早寝早起きの習慣は、体内時計を整え、メンタルヘルスの安定につながります。
また、バランスの良い食事を定時に摂ることで、身体の健康だけでなく、心の健康も保つことができます。ビタミンB群やオメガ3脂肪酸を含む食品は、脳の健康維持に効果的だとされています。
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参考:厚生労働省 eJIM(認知機能、認知症、アルツハイマー病のためのダイエタリーサプリメント(栄養補助食品)について知っておくべき7つのこと)
2つ目は「運動習慣や趣味を持つこと」です。生活リズムや食事に続いて、運動も高齢者のメンタルケアに重要な役割を果たします。1日20〜30分程度のウォーキングや、ラジオ体操などの軽い体操でも効果が期待できます。自分にとって無理のない適度な運動は、セロトニンやエンドルフィンなどの心の健康に関わる物質の分泌を促進し、定期的な運動習慣が、良質な睡眠や生活リズムの安定にも役立ちます。
何らかの事情で運動ができない。運動は好きじゃないという方は運動以外でも大丈夫です。園芸、読書、音楽鑑賞、絵画、習字など、自分の興味のある活動に取り組むことで、脳を活性化させ、メンタル面の充実感を得ることができます。特に創作活動は、自己表現の機会となり、達成感や満足感を得られやすいとされています。
3つ目は「心理療法を取り入れる」ことです。近年注目されているのが、マインドフルネスや呼吸法などのリラクゼーション技法です。これらの手法は、特別な物や場所が必要なく自身で行うことができ、ストレス軽減や不安の緩和に効果があることが研究で示されています。例えば、深呼吸を意識的に行うことや、瞑想的な活動を日課に取り入れることで、心の安定を保つことができます。
また、専門家による心理療法も、メンタルヘルスケアの重要な選択肢です。「認知行動療法」では、高齢者の不安やうつ症状の改善に特に効果的とされており、NIMH(米国国立精神衛生研究所)が主導して行った研究では、認知行動療法が薬物療法と同等の効果を示したという結果も発表されました。他にも過去の思い出を振り返り、その経験を現在の生活に活かす「回想法」という療法もあります。写真やアルバム、思い出の品などを使いながら、人生を振り返ることで、自己肯定感を高め、現在の生活により良い意味を見出す手法で認知症の非薬物療法としても取り入れられています。
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参考:NIMH(米国国立精神衛生研究所)の研究論文
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参考:国立長寿医療研究センター 認知症の診断・治療より
これらの予防的ケアや心理療法は、必要に応じて組み合わせることで、より効果的なメンタルヘルスケアが可能となります。ただし、心理療法を始める際は、一度専門家に相談し、個々の状況に合わせた最適な方法を確認するといいかと思います。
社会(まわり)とのつながりを保つ
高齢者のメンタルヘルスを維持する上で、社会とのつながりを保つことは非常に重要です。特に定年後は、徐々に職場や近所での人間関係が減少していく傾向にあり、新たな交流の機会を意識的に作る必要があります。家族や友人との定期的な連絡や交流は、孤独感を防ぎ、精神的な支えとなります。そのための方法として、自治会活動やボランティア、地域のサークル活動への参加は、新しい人間関係を築く良い機会となります。これらの活動を通じて、社会的な役割や所属意識を持つことができ、メンタル面の健康維持に効果的と言われています。
また、最近では、オンラインを活用した交流も増えています。スマートフォンやタブレットを使用したビデオ通話で、遠方の家族や友人と手軽につながることができます。また、ゲームやSNS、オンラインコミュニティを通じて、同じ趣味や関心を持つ人々との交流も可能です。このようなデジタルツールは、外出が困難な高齢者にとって、新たな社会とのつながりを提供する手段となっています。
精神疾患に対する専門家によるサポート
高齢者の精神疾患に対する専門的なケアでは、持病との兼ね合いもあり医療機関と地域の支援サービスが重要な役割を果たします。
医療機関との連携
メンタルヘルスの不調を感じた際の最初の相談窓口として、かかりつけ医の存在が重要です。かかりつけ医は患者の普段の健康状態を把握しており、身体症状と精神症状を総合的に評価できる立場にあります。必要に応じて、精神科医や心療内科医への紹介も行ってくれます。精神科や心療内科では、より専門的な診断と治療が行われます。高齢者の場合、複数の疾患を抱えていることも多いため、服用中の薬との相互作用も考慮した慎重な治療計画が立てられます。また、必要に応じて臨床心理士によるカウンセリングも組み合わせた治療が提供されます。
地域支援サービスの活用
地域における支援の中心となるのが、地域包括支援センターです。ここでは、保健師や社会福祉士、主任ケアマネジャーなどの専門職が、高齢者の医療・介護・福祉に関する総合的な相談に応じています。メンタルヘルスの問題についても、適切な専門機関への橋渡しや、利用可能なサービスの紹介を行っています。
また、認知症疾患医療センターでは、認知症の専門医による診断・治療に加えて、うつ病などの精神疾患についても専門的なケアを提供しています。これらの施設では、本人だけでなく、家族への支援やケア方法の指導も行われています。介護保険サービスの活用も重要な支援の一つです。デイサービスやショートステイなどのサービスは、高齢者の生活リズムを整え、社会的な交流の機会を提供することで、メンタルヘルスの維持・改善に貢献します。
他にも訪問看護サービスでは、精神科訪問看護も提供されており、自宅での専門的なケアを受けることができます。地域の保健所や精神保健福祉センターでも、精神保健福祉相談や、家族向けの教室、認知症予防教室などを実施しています。これらを活用することで、精神疾患の予防やサポート、早期発見・早期対応にも役立ちます。
【まとめ】シニアと心の健康 精神疾患を防ぐメンタルケアの重要性とは
シニア世代の心の健康を守るためには、予防的なケアと早期発見・対応が鍵となります。日々の生活習慣の見直しや社会との積極的な関わりを持つことで、心身ともに健やかな高齢期を過ごすことができます。また、困ったときには一人で抱え込まず、専門家や地域の支援サービスを積極的に活用することが大切です。
ここで紹介した以外の診療方法も日々研究が進められています。家族と一緒人過ごしている方も離れて一人で暮らす方もサポートや対応ができ、元気に過ごせる日々が続くようにしていきましょう。